こんにちは、きさやの森山です。
またまた、本当に久しぶりに書きます。
このブログではきさやのこととは関係なく、自分が今、関心、興味を持っていることも書いていますのでご了承ください。
夏の日本の有名な避暑地といえば北海道があるかと思います。
この夏にもたくさんの方が北海道を訪れているのではないでしょうか。
そんな北海道では最近毎日のように「クマ」出没のニュースを聞きます。また、社会ではクマ擁護派と人間擁護派と賛否が話題になっています。
なぜ、クマは頻繁に人の前に現れるようになったのか?どうすれば人間との共存ができるのか?
クマとの会話ができるならば本当のところが知りたいものです。
さて、タイトルにある松浦武四郎さんってだれ?と思われる方もいるかと思います。
この人は江戸時代末から明治に生きた人で、探検家(主に北海道)であり浮世絵師であり著述家、骨董蒐集家など多岐にわたる事をされています。
また「北海道」という名前の名付け親でもあります。それまで北海道は「蝦夷地(えぞち)」と呼ばれていました。
彼は伊勢國(現三重県)に生まれ、16歳の頃から個人的に全国を旅して国の現状をつぶさに見聞していく中である日、国内の状況を具に目にしていました。そんな道中である時、蝦夷に頻繁にロシアなど外国の船が入ってきて日本の領土を脅かしていることを知り国の行末に危機感をもった彼はその現状を自分の目で確かめたくてすぐに行動に移します。そして生前に蝦夷地には6度(後半は幕府に雇われる)も渡り、当時多くの日本人にまだ知られていない未開の地(松前藩や幕府関係、一部の商人のみが居住)を徒歩で分け入りそこに住んでいた「アイヌ」の人たちと親しく交流し、その実態を調査報告書として取りまとめています。未開の過酷な自然環境の中を命がけで探検していくのですから尋常ではない信念と執念と根性を持ち合わせていた人物であったろうと思われます。
そしてその報告書を幕府に提出し出版の許可を願い出るのですが、その報告書の中で幕府側の役人などが圧政を働いていることを生々しく描いているため当時は発刊禁止になっています。
彼の死後、長い時代を経てようやく彼が書いた『近世蝦夷人物誌』が現代語に訳され『アイヌ人物誌』という題名で出版されました。その本を先日図書館で見つけたので借りてきました。
それを読むと、当時和人と呼ばれた今の日本人が未開の地で原住民のアイヌ人を騙し、搾取し、結婚の有無に関わらず女性を妾にし、男性は遠い漁場に飛ばし親子や夫婦の中を裂いていた現状がありありと描かれており、純粋が故に駆け引き、戦略を持っていなかった彼らが痛々しく描かれています。
松前藩、幕府、商人などの日本人はアイヌの人々を根絶やしにして、本州から渡ってくる以前に元々北海道全域に住んでいた人々を少数民族にしていったんです。
当時のアイヌの人々は交易として、蝦夷で取れる産物と松前藩の土産との物々交換で暮らしていました。
が、そのうちその交易を商人に任せるようになり騙し、搾取の交易が始まります。
こうして日本人が経済的利益を求めて北海道へ渡り土着としてそこに長きにわたり生きていたアイヌの人々を虐待していった歴史が記されていました。
この本には松浦武四郎さんが見聞きした名もなきアイヌの人達がどれだけ純粋で親子、兄弟姉妹のことを大切にする民族だったのか、また、自分達の生活に必要以上のものを自然界から収穫しない共存した暮らしをしていたのかが一編一編人物を変えて描かれています。
経済発展を追求し続けた現代の日本にかなり失われてきている価値観ではないでしょうか。
国は明治に入り開拓団を北海道にどんどん送り込みます。そして、原住民であるアイヌの人々が更に追いやられていき今ではアイヌという形を存続させることも厳しい状況になっているかと思います。
ただ、新天地が開拓されてきたからこそ、みんなが自由に行き来出来、国内外から沢山の人々が訪れる観光地となっていることを思うとなんとも複雑な気持ちになってきます。
北海道のアイヌの歴史について何も知らなかった私はこの本で初めてそのことを知りそれを教えてくれた松浦武四郎さんに感謝したいと思います。
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